峯田勝次:海外ワークショップ論文集:海外との交流・情報発信:全国公害患者の会連合会
公害とか薬学とかいわれている社会的現象について原因不明というきめつけ方は先進国といわれる国でも常に行われてきたし、現在でも同じ論調が見られる。
原因不明ということになれば対策はとられないことになるし、現実に苦しんでいる人々の被害救済の要求は取り上げられないこととなる。
日本でも水保病、スモン病、呼吸器疾病などをめぐって原因不明論との闘いが被害者にとって大きな課題であった。この原因不明論は被害者に不利益に、加害者に有利に作用す る宿命をもっていて、加害者は常に社会的に見ると有力な集団であり、あるいは国そのものであるだけに、被害者の原因不明論との闘いはとりわけ苦難を伴う。
原因不明論を克服する方法論の一つが疫学である。日本の公害裁判も疫学の活用により前進してきた。
以下大気汚染による呼吸器による原因論(因果関係論)に即して日本での闘いを紹介する。
日本で大気汚染による呼吸器疾病(気管支ぜん息、慢性気管支炎、肺気腫、ぜん息性気管支炎等)の多発と、これに対する責任追求の本格的闘いは四日市大気汚染公害が最初である。四日市では1955年ころから火力発電所を含む石油化学コンビナートが操業を開始し、1960年ころからその本格的稼動に伴って、コンビナート周辺住民に呼吸器疾病が多発する至った。
これがいわゆる四日市ぜん息といわれるもので、気管支ぜん息のみならず、多様な呼吸器に関する疾病が多発した。いうまでもなく、気管支ぜん息などの呼吸器疾病は大気汚染と無関係にも発病する疾病であり、日常的に観察されるものである。
しかし、通常の罹患件数よりはるかに多い呼吸器疾病罹患者の発生によりこれが社会問題化し、その原因、責任の所在、救済策をめぐって論争が巻き起こされた。当然ここでも原因不明論は幅をきかせることとなり対策は手遅れとなっていった。
こうした事態を打開するきっかけとなったのが、国民健康保険での呼吸器疾病に関する受診件数と大気環境中の亜硫酸ガス濃度との関連性を分析した疫学調査であった。調査の結果、呼吸器疾病の患者は亜硫酸ガス濃度の高い地域に多発しており、亜硫酸ガス濃度の高い地域ほど呼吸器疾病の患者数が多いことが確認された。四日市における呼吸器疾病の多発という社会現象(流行現象)は大気環境中の亜硫酸ガス汚染によるものであることが確認され、亜硫酸ガスの大量排出源であるコンビナート企業群の責任が明確にされたのである。その後疫学調査の手法の開発と研究の蓄積が進み、初期の研究成果が確認されていった。
四日市などでの大気汚染被害者への医療費救済事業はこうした成果をふまえ1969年にスタートし、1972年四日市公害訴訟判決において四日市地区の呼吸器疾病患者の原因がコンビナート企業群の排出した亜硫酸ガスにあることが公認されたことをふまえ、1973年公害健康被害補償法が制定され、大気汚染被害者への全面救済の途が開かれた。四日市大気汚染公害訴訟は1967年に訴訟され、1972年判決が下され、コンビナート企業群6社に共同責任を認め損害賠償を命じた画期的判決であったが、西淀川訴訟その後の公害・薬害訴訟等に大きく寄与したものとして、疫学的因果関係論を法的因果関係認定の有力な方法論として認めたことがあげられる。
疫学は人間集団における疾病の頻度と分布を決定する諸要因の研究などと定義されているように、人間集団を観察対象とし、そこでの疾病の分布、頻度の観察をし、そうした頻度を規定する因子や疾病の原因を追及する科学である。19世紀に伝染病が流行していた時代にコッホがコレラの発生頻度と伝染様式について研究し、コレラ菌の発見に先立って井戸水による伝染をつきとめ、流行の抑止を図ったのも疫学の成果である。
疫学では大気汚染疫学に即して言えば、まず呼吸器疾病が地域的に偏在し、分布が異なっている状況を観察し、そうした地域的分布の偏りを規定している可能性を有し、疾病の発生に直接間接に関連する宿主・病因・環境の各方面の諸要因(例えば年齢・男女・アレルギー要因・喫煙割合・大気汚染の程度、職業等)毎に呼吸器疾病の頻度が異なり、大気汚染が同じ程度の地域毎では、その頻度に差がないということであれば大気汚染は呼吸器疾病の多発を規定する可能性のある疫学上の仮説要因となりうる。
そして、こうして設定された仮説要因(大気汚染)と結果(呼吸器疾病の頻度)との間に統計学的に関連性があるとされた場合に、次の条件等を考慮して疫学上の因果関係を推定する。次の条件アメリカ公衆衛生局長顧問委員会が喫煙と健康について検討を行ったときに用いた判断条件で、その全てがそろわなければならないというものではない。
以上によって、集団的に観察して因果関係を推定してゆくのが疫学的因果関係論というもので、因果関係を確定してゆくためには実験的疫学の手法を用いることもある。四日市公害訴訟や我々の担当した大阪西淀川大気汚染公害訴訟ではこのような手順をふんだ研究の結果、大気汚染(とりわけ亜硫酸ガス、浮遊粒子状物資のよる大気環境の汚染)と気管支ぜん息などの呼吸器疾病との間に疫学的因果関係があると認定されるところである。
訴訟の場面では、法律学の見地から必要な因果関係の証明を要求されるが、大気汚染と被害発生に関する歴史的緒事実に加え、こうした疫学的因果関係が科学的に証明されていることをもって法的因果関係は十分証明されたとされてきた。こうした考え方こそ、今日の日本における公害薬害訴訟での被害者側の勝利とその勝利判決をふまえての発生源対策、被害者救済対策の前進を保障したものといえる。原因は決して不明ではない。
大気汚染疫学では大気汚染を仮説要因とし、各地域の住民集団中での慢性気管支炎ないし持続性せきたん、ぜん息様症状(現在)等の有症率を大気汚染の程度別に比較する要因対照研究の手法を用いるが、有症率の調査手法についてはBMRC質問票、ATS.DLD質問票などが国際的に確立されている。
大気汚染濃度の測定方法についても、二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粒子状物資等の代表的汚染物資については連続測定が可能なようになっている。しかし、最近問題となっている自動車排ガスとりわけディーデル排ガス微粒子の測定体制は今だ不備といえる。
今後の日本における大気汚染の分野における課題は道路沿道での自動車排出ガスによる健康影響の解明にあるといえる。そのために、自動車排出ガスに着目した疫学調査、測定体制の整備、動物実験などが求められている。