岡山県倉敷市水島地域は、かつて、浅海漁業とイ草や蓮根などの生産で栄えた風光明媚な農漁村地帯でした。戦後、高度経済成長政策の下、岡山県の工業振興の要を担って新産業都市が整備され、今や先端技術の粋を集約した我が国を代表するコンビナートを形成しています。
「太陽と緑と空間の街づくり」のキャッチフレーズのもと、コンビナートは形成されていきましたが、それとは裏腹に、おびただしい公害問題をひきおこし、多くの人命や健康、豊かな自然環境や歴史・文化を損なう事態が進行しました。
こうしたなか、コンビナート企業8社を被告に、公害病認定患者らは倉敷大気汚染公害裁判をおこない、13年の長きにわたる係争を経て、1996年12月、和解が成立。和解の中で「水島地域の生活環境の改善のために解決金が使われる」ことが両者の合意するところとなりました。その和解金の一部を基金に、財団法人水島地域環境再生財団(みずしま財団)が設立されました。(2000年3月:岡山県許可)
みずしま財団は、子や孫によりよい生活環境を手渡したいとする公害患者らの願いに応えるために、また新しい環境文化を創生しまちの活性化に貢献するために、そして二度と公害をおこさないために、住民を主体に行政・企業など、水島地域の様々な関係者と専門家が協働する拠点として活動をおこなっています。
活動の1つに「公害の経験の継承と公害患者支援」があり、倉敷市水島地域における公害被害の体験や教訓を、次世代に伝承し、公害問題が深刻になりつつある途上国等と情報交換するなどして、再び公害による健康被害が生じないような社会の形成に役立てていく活動をすすめています。
その中で、他の公害地域と比較して特筆すべきなのは、地域の医療機関(水島協同病院)と連携しておこなった「公害死亡患者遡及調査」です。これは、501名の患者の闘病の足跡を医学的に整理し、95例の剖検例をまとめた重要な基礎的研究であり、公害患者並びに地域社会の受けた被害の実態に迫った、他に例のない研究であります。