名古屋南部地域は、かつて伊勢湾の豊かな海産物で栄えた、風光明媚な地域でした。戦後、高度経済成長政策の下、東海エリアの工業振興の要として、産業道路として機能する国道23号の敷設とともに港湾の整備が進められ、臨海部を中心に重化学工業が誘致されました。それに伴い、甚大な大気汚染が発生し多くの人命や健康を損ない、豊かな自然環境や歴史・文化も失ってきました。
こうしたなか、1969年ごろから、医療生協を中心に公害対策連絡会議を設置し、公害問題への広域的な活動が始まりました。1989年には、名古屋南部の患者ら(145名)が企業11社と国に公害被害の差し止めを求め提訴し、名古屋南部大気汚染公害訴訟(あおぞら裁判)を行いました。12年余りの裁判を経て、2001年和解が成立。国の和解条項として、交通施策の改善の義務を具体的項目として挙げ、企業との和解条項として解決金の支払いと、公害防止協定の順守など、環境対策を講じることを勝ち取りました。和解の中で、「解決金の一部を名古屋南部地域の再生のために使われる」ことが両者の合意するところとなり、その一部を基金にして2003年、名古屋南部地域再生センターが設立され、翌年非営利活動法人となりました。
名古屋南部地域再生センターは、子や孫によりよい生活環境を手渡したいとする公害患者らの願いに応えるため、また新しい環境文化を創生しまちの活性化に貢献するために、そして二度と公害をおこさないために、住民を主体に名古屋南部地域の様々な関係者とともに、「川・運河・海の再生」「食とエネルギーの地産地消」「エコ交通の推進」「緑化の推進」を進める拠点として活動をおこなっています。
工業化やモータリゼーションが高度に進んでいる名古屋南部の地域社会で、切り捨てられてきた住民の生活環境や、自然環境を再生するためにどのように活動したらいいのかの指針を、5年間の活動をもとにし、地域住民らと共に夢マップとして形にしてきました。これからはこの夢マップに書かれた社会を実現していくため、行政や、地域の活動団体らとともに具体的な事業を進めています。