1960年頃から東京の大気汚染の元凶として自動車排ガスが注目を集めるようになり、以後都心部を中心に排ガス公害が社会問題化した。モータリゼーションの進展とともに郊外部も含め、巨大な面的大気汚染地帯が形成された。
1976年排ガス規制により、改善に向かうかと思われた排ガス汚染は、1980年以降激増したディーゼル車による排ガスによってますます悪化の一途をたどった。
これによるぜん息などの公害病患者も激増し、1988年の公健法地域指定解除により、その多くは全く何の救済もされない未救済患者となった。
1996年に提訴された東京大気汚染公害訴訟は、初めて未救済患者が大量に原告となって、その被害救済と東京の大気汚染公害の差し止めを請求した。2007年8月、和解が成立し、それに基づいて2008年8月には東京都内の全てのぜん息患者の医療費を無料とする画期的な制度が創設された。
この和解では、他にPM2.5の環境基準設定や、様々な道路公害対策を国や東京都に約束させた。それらの和解条項の完全な履行を求めて、公害患者や市民団体が中心になって、2008年4月に東京あおぞら連絡会が結成され、運動が継続している。